政策論争なんていらない

選挙で政策論争なんていらない。

個別の政策なんかで政党を選ぶから、民主党政権が選ばれた。

選ばれたけれども、それを実現させることはできなかった。

にもかかわらず、まだ個別政策で政党を選ぶことを多くのメディアが推奨する。

何も学んでいないし、学ぼうともしていない。

 

個々の政策なんて、情勢によっていくらでも変容する。

増税・減税は景気変動を見ながらでないと行えない。連立相手に譲歩することもあるだろう。不慮の事件・事故、大災害が起こらないとも限らない。

なのに4年前に掲げた提言通りに政権運営を行うなんてありえない。

そんな政党はただ無能なだけだ。

政治は時節に応じたもっと柔軟な対応を取るべきだし、政権公約マニフェストは参考程度にしかできない。

 

だからマニフェストの言葉を追うより、その方向性を見定めることがより重要であるはず。

 

例えば、大きなくくりで言えば、合理主義を目指すのか、福祉を重視するのか。外交政策は協調的なのか、強行的なのか。ポピュリズムなのか、パターナリズムなのか。

また福祉でも現金給付なのか、サービスを提供するのか。サービスは行政が行うのか、民間を活用するのか。民間には市場原理を働かせるのか、行政が管理するのか。など多元的な座標軸をとって、各政党のベクトルを計ることができる。

政党の目指す方向性がわかった上で投票していれば、個別の政策が修正されたとしても憤ることもない。

 

逆に言えば、軸の見えない政党は、情勢が変化した時に何をしでかすかわからない。

反自民の御旗のもとに集まった民主党は、まさにそうだった。

政権を取ったもののマニフェストは実現できそうにないとなったとき、理念を持たない彼らは一切合財を捨て去ることしかできなかった。

そしてまた、維新の名の下に同じことが繰り返されようとしているのが不思議で仕方ない。