読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

意識の高い人と意識高い系()と

俺自身はかなり仕事に対する意識が低いこともあり、意識高い系の人たちとは基本的にウマが合わない。正直に言って気持ち悪いと。だけど下の記事を読んで、そこに並ぶブコメはあまりに酷かった。もちろん全部が全部おかしい訳ではないんだけど、全体としておかしな臭いを放ってる。100文字の中にそこまで書いていないが、もっと筋の通った意見を持っている人だって大勢いるんだろうことも想像できる。でも、どうしても気持ち悪かったので、ここで書き殴っておきたい。

 

意識高い(笑)と小馬鹿にしてる人に哀れみを感じる。 - 拝徳

はてなブックマーク - 意識高い(笑)と小馬鹿にしてる人に哀れみを感じる。 - 拝徳

 

意識の高い人を馬鹿にしているんじゃない。意識だけ高くて、足元がお留守だから馬鹿にされてるんだ、といういくつかのブコメで挙げられている理屈もわからないでもない。インターネットでは口先だけで大きいことをいって、大学の広告研究会くらいのこともできていないような人たちはゴロゴロいる。しかもそういう人たちこそ可視化されやすい。だから大風呂敷を広げている人が馬鹿にされがちであることは十分理解できる。

でも、当然ながらそういう人がすべてではない。高い意識と実力を併せ持った稀有な人と、意識だけ高くて何もできないしやらない人たちの間には、無数の意識高い人たちがいる。人並みの実力と人一倍の向上心を持った人たち。人一倍って人の一倍だったら普通の人と変わらないのに、なんで普通の人以上の意味があるんだ。そういう人たちが自分を奮い立たせるために意識高い発言をする。何故を繰り返すとか、PDCAサイクルを回すとか。そういうことって慣れるまでは繰り返し意識付けないと中々身に付かない。だから何度でも何度でもドラッカーやらカーネギーやらの言葉を繰り返す。『人を動かす』なんかには本当に当たり前のことしか書いてないんだよね。でも、できてないんだ。だから何度でも自分に言い聞かせる。それが無意識にできるように。それは人並みにしか仕事ができていない人が、人並み以上にステップアップするために必要な道。だから彼らは意識高いブログを書くし、ライフハックをブクマして、名言botをフォローする。それが凡庸から這い上がる道だから。

そんな意識高い凡人をお前らは嘲笑う。他人が努力するのが気に入らない。実力のある人ならいいが、自分と同じ位置かあるいは下にいる奴が、上にあがろうとしているのが許せない。体育の授業で本気で走ることが格好悪いと思ってたあの頃から何も進歩していない。テスト前に教室で勉強していると邪魔してきた中学時代からまったく成長していない。一体いつまで他人の足を引っ張り続けるつもりなのか。その意味では、実力のある人はいいがそうでない人は許せないというのは、意識高い発言全てを糾弾することよりずっと醜悪にも見える。

 

本当はこの後、意識高い発言している奴に実力が伴っているかどうかなんてわかるわけないだろみたいなことも始めは書く気でいたんだけど、もう疲れてしまった。だいたい1000字くらい書くと俺の集中力は途切れて、あとはもうどうでもよくなってくるところがあって、こういうのは俺の意識低いところでどうにかした方がいいんだろうけど、ブログ書くのにそんな神経すり減らしてたら元も子もないというスタンスなので、もうこれくらいでいいような気がする。でも意識の高い人たちは、こういうどうでもいいようなところにも力を抜かなかったりして、それは俺には到底できないことなので本当に頭が下がる。頭は下がるんだけど、やっぱり気持ち悪いと思ってしまうので出来る限り可視範囲には現れないで欲しいという気持ちもあって、彼らの何がそんなに気持ち悪いって、立派そうなこと言っているけどそこに新情報が乏しいんだよね。あー、それ見たわー、3年前にTumblrで見たわー。

でも、これも繰り返しになるけど、俺たちは実際にその既知の情報を実行できてないわけで、誰だって知ってはいるけど行動できてないことこそ重要で、それを意識付けるには何度も何度も繰り返すしかなくて、そのためには当たり前のことでも書き続けることは理に適っている。結婚相手に誰でも当てはまる「普通」の条件を10個求めると、すべてに該当する人は数%しかいないなんて話題が前にあったけど、同じように誰でもできる当たり前の仕事をすべて丁寧にこなしている人なんてほとんどいなくて、それができているだけでも仕事をする上ではかなりのアドバンテージになってくる。だからバカみたいな誰でも知ってる当たり前のことしか言っていないからって、それが必ずしもろくに仕事のできない屑ってわけではない。そういう当たり前のことをすべて当たり前にできる人は貴重な人材だし、俺にはとてもできないので尊敬する。

ここまで来ると、怒りにかまけて書き出した時とは、自分自身のテンションがまったく違ってしまっていて、もうこの文章が何処にたどり着くのかわからなくなってきてるけど、結論としては、意識高い系は主観的には気持ち悪いけど、決して客観的に屑ではないんだということが言いたかった。