一言ガツンと言ってやろうくらいの勢いで書き始めたけど案の定グダグダで何が言いたいのかもよくわからない感じになってしまってごめんなさい

Twitterにあまり連投があると、お前それ読みにくいからブログでやれよ、って俺は思っちゃう人なので、こっちに書いていくことにする。

というのも朝起きたらTwitterからメールが届いてたわけで。

 

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で、話の元になったのがこの増田。

 

青二才より話が通じないと言われた男「コウモリ」さんの手強さ

 

いつものように増田が陰口叩いてるところにもの好きにもコウモリ氏id:Rlee1984が反応して、しかもそれだけにとどまらず、何故か俺まで呼び出されてしまっている始末。氏についての別の増田に以前俺が付けたブコメを、この増田でも引用しているという理由で呼び出されたものと思われる。

 

 

いやいやいや、そこは思ってても「どうでもいい」とか言っちゃダメなところだろ。あなたにはどうでもいい話かもしれないけど、あなたのことを話題にしてたので教えておきますという趣旨ならわかる。でもこの書き方だと、どういう意図で書いたのか教えてよ、俺はどうでもいいんだけどね、という風に読み取られるのが普通だろう。おいっ、人にものを尋ねておいてどうでもいいはないだろ、と。ここは嘘でも興味津々っぷりを演出しておくべき。

ちなみにコウモリ氏が括弧内に記している「誤解コメント」はこちらのものと思われる。

 

 

このコメントをブログに引用してidコール飛ばしたコウモリ氏に、俺が下のように返した。

 

 

指摘の箇所は既に氏のブログ内で削除してもらったので、ブコメでも既にidコールへの言及は削除済み。

 

 

 

で、そろそろTW貼るのとか面倒くさくなってきたけど、もう一個だけどうしても貼らなきゃいけないリンクがあって、それがこちらの記事。

 

「自分バカなんで」と「ただし摩擦はないものとする」 - ←ズイショ→

 

俺がコウモリ氏に抱くイメージと概ね一致しているので、もうこれを貼っちゃえばこれ以上書くこともないんじゃないかと俺は考えていた。いたんだけど、当人はそれに大層ご不満な様子で、そこにはまた誤解が生じるという。

 

 

 

彼の認識では、自分が摩擦は無いものとして話しているのに、そこには摩擦があるはずだと割って入ってくる奴がいる。だからズイショ氏の例えはちょっと違うところがあると言いたい模様。

もちろん例え話なので100%現実と一致するかといえばそんなわけはないんだけど、ここで言う立場が逆というのは俺にとっては些細な違いでしかない。通常のコミュニケーションで伝達が一方的であることはほとんど考え難く、彼が説明する場もあれば、増田やブコメが説明することもある。また彼が前提を理解していないこともあれば、村民が前提を履き違えているとこもある。

この「話の前提を共有する」というのはすごく厄介なもので、それはあくまで「共有できているかどうか」であって、絶対的な「正解」と「間違い」はそもそも存在しない。現実的にはコミュニケーションを取るグループの多数派が「正し」く、少数派は「間違っている」ものとされはするが、それは両者の間で前提が異なっているというだけであるはず。

たとえばこちらの記事では、専門用語を使うことはコミュニケーションの無駄と齟齬をなくすためのものだと主張されている。もちろんそれは科学者や専門家の認識としてまったく正しいものであるんだけど、それが正しいとされるのは専門用語の持つ意味があらかじめ共有されているからであり、もっと言えば、専門用語を使ったほうがスムーズなコミュニケーションが進むという前提を彼らが共有できているからだ。逆に専門外の人であれば、その語が何を指すのかという前提が共有されていない。さらにはマスを相手にする人、たとえばメディア企業に務める人だったり、リテール営業をしていたり、学校などでの教師をしている人というのは、難しい専門用語はそのまま使うのではなく、わかりやすく言い換えるものだという肌感覚を持っていることが多い。専門家を相手にするわけではないので、100%の正しさは求められない。言葉がどれだけ正確であっても、伝わらないと意味が無い。そうした人たちには専門用語なんて害悪でしかない。もっとわかりやすく伝わる言葉があれば、多少の語弊があっても言い換える。そうした「言葉は伝わらないと意味が無い」と考えるコンテキストの中で、「言葉は正確でなければならない」コンテキストで書かれた上の記事は、言葉を何もわかっていない人が書いた文章、あるいは専門家の傲慢だとしか見られない。結局どちらが正しいというものではない。

話を戻すと、コウモリ氏が正しいか、間違っているか、省略しているか、説明しているかはどっちだって大差はなく、ここで問題にしたいのは、コウモリ氏とその相手する人とで文脈、前提、コンテキストを共有できていないことがあまりに多いということ。特定の一人と関わると共有できないことが多いんだから、原因がどちらにあるのかは想像に容易いわけだけど、それは間違っているというよりズレているという感覚に近い。てかコウモリシで河守市に変換されることにちょっと驚いている。どこだよ河守市。えっ、無いのかよ。でも福知山市に河守って町はあって、コウモリって読むらしい。へぇ。そうした周りの人と前提を共有できてなくて、そのまま話そうとしても会話がすれ違い、あるいはコミュニケーションを取るには発言の経緯を詳細に説明しないといけない様を「摩擦はないものとする」の例えは十分に的を射ているんのではないかと思う。というかもはや例えを持ってこなくても、コンテキストを共有できてないというだけで良いような気がしてきた。そう、共有ができてない!

 

 

 

で、だ。コウモリ氏はさらに増田に言及され、放っておけばいいものをわざわざ増田に噛み付いて、またもやこっちにボールを投げ込んできた。

 

 

だからそこは「(笑)」とか書くところじゃないんだって。俺とどれだけ仲良いんだよ(笑)

肝心の「昨夜の質問をどう思われたか」の質問の方になるけど、俺のリプでも、internus氏も言っているように何を聞かれているのかわからなかった。この辺りも自分では意図が明確だから相手にも伝わっているだろうという読み間違いがあるわけで、でもそれで増田のようなゲスパーもまた中々できるものではなくて、いろんな人がいるものだと今日も世界の広さには驚きを隠せない。

 

 

 

と、ここまで書いてひと通り読み返してみたけど、この文章ってどう考えてもよほどコウモリ氏周りのことに詳しい人じゃないと読んでて伝わらないな。背景になる情報も結構引っ張ってきてわかりやすく書いたつもりだったけど、あまりにハイコンテクスト過ぎるし、今「ハイコン」まで売ったら予測変換が「ハイコンテクスト」って出たからそのまま「ハイコンテクスト」で出力したけど、俺さっきから「コンテキスト」表記を使ってたのになんか気持ち悪い。まさか「コンテキスト」だと誤表記なのかと思ってGoogle先生に聞いてみたけどどうやらどっちでも良いっぽい。こんなハイコンテクストのやりとりでも初めて見る人にもわかりやすくまとめてしまうトピシュさんやハゲックスさんはやっぱりすごいなと改めて思い知る。 

それとなんで俺はこんなにコウモリ氏に偉そうなんだ?彼は俺に敬語を使っているのに、タメ口で上から口の利き方を指導するとかあまりに滑稽だけど、書き直すのも面倒くさいしもういいや。