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自殺の説得

自殺の説得として何が正解なのかは知らないけど、人生の素晴らしさを説くことだけは止めた方がいい。

どんなに素敵な可能性を列挙されたところで、幸運・有能なお前と不運・無能な自分という対立構図しか生まれない。やっぱり生きる価値なんて無い、死のうという思考にしか到れない。なのにどういうわけか生きていることがどれだけ幸せなことかを語りたい人は多い。そんなに言うならお前の人生を歩ませろよ。お前が俺の人生を生きていけよ。

 

どうして彼らは自分と同じ幸福を他者も味わっている、味わえるはずだと信じられるんだろう。

過当に低い自己評価ゆえ、自分程度の幸福ならば他の誰でも手にできると考えてしまうんだろうか。あるいは逆に高すぎる自己評価から、相手は自分に憧れてついてくるとでも思い込んでいるんだろうか。

相手の立場になって考えれば、それは感情を逆なでしているだけだと簡単に気付けそうなものだが、きっと彼らは自殺しようとする人間の考えなんてこれっぽっちも理解しえないんだろう。

 

生きてさえいればどうにかなる、死ぬ気でやれば何でもできるという主張も無意味に思える。どうにかしよう、死ぬ気でやろうという気になれないから、死という選択肢を選ぼうとしているんだから。

この主張の背景には、死が負の極大だとする考えが見えてくる。だから無限大のマイナスよりかは、マイナス100の方がずっとマシだろ?と説得しようとする。だけど自殺しようとする人は、死をプラスマイナスゼロくらいで捉えているんじゃないだろうか。だからずっとマイナスが続くと、マイナスから抜けだそうとゼロを選びたくなる。死に対する前提条件が全く異なるので、説得は不可能に近い。

 

繰り返しになるけど、どうするのが正解なのかはわからない。もちろんそんな説得でも響く人もいるだろうし、はなから止めて欲しい自殺志願者だって少なくないだろうし。