画像はイメージです

インターネットを見ました。

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もりもり元気おそうめんパワーwith油辣椒 - #つくりおき

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イシゲスズコ on Twitter: "これこれー。 これひとつで手を使わなくてもハンバーグとか餃子のたねとか作れるよ。 https://t.co/N0zcA9T0OJ"

つまり、こうです。

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これが、こう。

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冷静に考えると炒めるのはヘラで十分だった。

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やばいくらい油が出てきてやばい。

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良かったですね。

居抜き店

仕事帰りにたまに行くつけ麺の店があった。
中太のストレート麺と、醤油ベースでとろみがかった濃厚なスープ。スープは馬鹿みたいに熱く、麺はキンキンに冷やされていて、特別に美味しいというわけではないが、丁寧に作り込まれいるのが感じられて、好きだった。

ある日気づくと、看板が担々麺を推すものにすげかわっていた。
看板以外の外装も内装も変わった様子はない。
流行りの新メニューを入れ、それを目立たせるようにしたんだろうと思った。

だけど、違った。

店内に入って、券売機も以前と変わらないものだった。
けれどそこに書かれたメニューは今までとはまったく違った。ラーメンもつけ麺もなくなり、数種類の担々麺だけが記されている。
もしかして、店自体が変わったのか。居抜きというやつだ。このときようやく気がづいた。
案の定、店員さんも違った。
あの、大きな声で、過剰に丁寧なお兄さんはいなかった。

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冷やし担々麺は、なんとも美味しそうな品が出てきた。
美味しそうなだけであって、美味しいわけではない。
豆乳の主張が強い。強すぎる。
ご家庭で作るアイデアレシピならばそれも面白いんだろうけれども。

 

 

 


それから1週間ほどが過ぎ、今日また店を訪れた。
今度は汁なし担々麺を注文してみた。

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相変わらず見た目には美味しそうだ。
しかし麺に箸を入れてみて、
すると麺がすべてくっついているではないか。
この美しい盛り付けを行っている間に、麺同士がくっついてしまっている。
茹で上がった麺を水洗いすることもなければ、スープや油を合えるようなこともしていないということだろう。

麺がくっつく程度のこと、気づいていないわけがない。
だけどそのまま提供している。
客を舐めてるなと思った。
見た目さえ良ければいいと考えているんだろう。
ふざけろよ。

お前は趣味の延長で作っているのかもしれないけど、こっちはうまいメシが食いたくて金払ってんだよ。
予算の都合上、時間の都合上できないことだってあるだろう。それは仕方ないと思う。
だけど、手抜いてんじゃねえよ。
できることやらないで手抜いて、見た目が良ければ満足するとでも思ってんのか。
見た目にそんなに拘るんだったら、居抜きなんてしてんじゃねえよ。
お前が居抜きで使っているその店は、前に入っていた店はな、いつ行ってもガラガラだったけど、徹底した温度管理で、一切妥協なんかしなかったんだ。
大してうまくもなかったけど、兄ちゃんの拘りがつまってたんだ。
よりにもよってこの店で、よくもこんな品を出せたもんだな。

なんで誰も教えてくれなかったんだ

iPhone用のTwitterアプリOre2がすごく便利だという話。

Pawooから、アプリもうすぐ止めるから替わりに新しいやつ見つけとけよ、という通達が来た。
おそらくは更新しなくなるだけであって、すぐに使えなくなるわけではないだろうけれど、Pawooアプリに不満が無いわけでもなかったので、乗り換え先を探していた。
いくつかの有名アプリを検索しては落としてみたけれども、そのときに関連アプリとしてストアに表示されたのがOre2だった。

www.itmedia.co.jp

説明を読んで少し興味が湧いたのでググってみたら、上記のページが出てきた。
どうやらもともとはTwitter用だったものを、Mastodonにも対応させたものらしい。
Mastodon複数アカウントも、Twitterも、そのリストも、すべて並列にタブで管理し、それを左右のスワイプだけで往き来することができるという。
これはめちゃくちゃ便利じゃないか。
そう思って落とした。
折角だから240円の有料版を落とした。
するとどうだ。
実際に使ってみると、想像以上に便利だった。

動作がすごくスムーズだ。
左右のタブの切り替えも、上下のスクロールも、すごく快適に動く。最近Pawooで起こりがちだった急なジャンプもないし、タブの移動もBunchoよりもスムーズだ。
NSFWなどは設定で常に表示にできるのも便利だし、でも画像はかなり小さく切り取られてしまうのは少し残念。
通知やマイページをタブに設定することはできない。
でもそんなこともすべて、この軽快な動きというメリットが凌駕する。すごく使いやすい。
タイムラインで見かけたトゥートを、別アカウントでブーストできるメリットも強い。
これはもっと広く使われるべき便利アプリ。

死に損ないのwebサービス

もうなんだったか忘れたけど、自分のブックマークから何かを探していて、そのときにあったのがshortnoteを紹介した記事だった。

 

b.hatena.ne.jp

 

Noteは今でも栄えている人気サービスである一方で、shortnoteはもはや死にかけのサービスだ。廃止が決まっていたところを、今の運営会社が買い取ったことで、なんとか存続している。*1

 

何故かピンと来た。
これといった理由はなく、使ってみようと思えた。
そうして最近はブログよりもshortnoteを書いている。

 

ブログを書くということにどこか重さを感じる。
ブログは本来的に日記投稿サービスであるはずだった。
しかしそれを公開し、多くの人に読まれることによって、個人の日記レベルだと罵られる理不尽が発生する。
こうして文字で書けば、それは理不尽だと多くの人が思うだろう。
でも実際に、私たちはブログを読むときに、個人の日記以上の何かを期待しているのではないだろうか。
それが紛れもない個人の日記であったときに、がっかりしないと言えるだろうか。
彼はそれを言葉にしただけであり、私たちも無自覚に同じ思いを抱いているのではないだろうか。

 

抗うべきなんだろう。
べき、という表現は正しくないかもしれないけれど、そうした観念には抗うのがid:hungchangではなかったか。
本来のブログのあり方を取り戻すために、あえてくだらない投稿を重ねるのが私の性分だったように思える。

先日も思ったものだ。
ネタバレレビュワーを庇う増田*2*3に付けられたブコメを読んで、今後もネタバレレビューを書き続けようと強く誓った。
またはチケット不正転売禁止法でも、時間と体力さえあればカルテルの合法化だと罵るエントリーを書きたい気持ちは今でもある。*4

だけれども、疲れてしまったんだ。
私自身がブログのあるべき姿を信じられない中で、それでも書くことにはストレスがあった。
書きたいのに、書くことがストレスになる。
もう意味がわからない。

 

shortnoteは気持ちが楽だ。
まず、タイトル記入欄に「オプション」と記載されているのが楽だ。
私はタイトル付けというものが苦手なのだ。
それは昔から本当に苦手で、高校の部活動での作品にも題を付けることができず、やっと付けたものにも先輩からOBからダメ出されたものだった。
たしかビートたけしが言っていたと思うんだけど、どんな映画かを一言で言ってくれと言われても、一言で言えるようなことだったら映画なんて作らないよ、と。
ブログエントリーのタイトルは、その内容を的確に示すものであるべきだろうが、
適切なタイトルというものを付けることが可能であれば、それ以後の文章はすべて蛇足になるのではないか。
だけれど私が文章を書きたいとき、その多くは明確な内容を伝えたいのではなく、大事なのは「蛇足」のほうなのだ。
だから私がタイトルを付けるとき、その目指すべき方向性がわからず、しかし何かを付けなければならず、いや、絶対に付けなければいけないというわけでもないところがまた余計に悩ましい。
それがshortnoteでははなから「オプション」なのだ。
付けたい人だけがタイトルを付ければいい。
付けなくても何ら問題ない、どころかそれがデフォルトなのだ。

 

なんでタイトルのことをこんなに長々と書いているのかよくわからないけど、ブログのことだ。
これは別に卒業エントリーではない。
もうブログを書かないというのではない。
shortnoteに書くことが増えて、はてなブログに書くことは減るよというだけのこと。
減るといっても以前のように、月に1〜2回くらいは更新するんじゃないかと思う。
しないかもしれない。
暇な職場に転職すればもっと書くようになるかもしれないし、宝くじが当たれば毎日更新するようになるかもしれない。
宝くじが当たって、毎日ブログを更新する生活がしたい。

 

*1:金銭の授受があったのか無償譲渡なのかは知らない

*2:ネタバレAmazonレビュアーを擁護する

*3:私が書いたのではない

*4:実際には時間も体力も無い

鈴木さん強い

朝日新聞内サイトの公式アカウントのツイートが回ってきて、その記述が気になった。

 

 

ツイートでは、「認知症で行方不明になる人の数が、年々増えています。昨年は延べ1万6927人だったそうです。このうち、1週間以内に発見された人は、どれくらいいたでしょうか」とあり、リンク先の記事には、「所在確認までの期間は捜索願提出の「当日」が1万1905人、「2~7日」が4205人で、99・3%の人が1週間以内に発見されていた」とあり、圧倒的多数が1週間以内に見つかっている。

 

自ら問いかけ、自ら答える場合、普通はその「答え」に強い主張を込める。というか強調したいところにそうした修辞法を使用する。もちろん、疑問と回答があれば必ずそれが強い主張でなければならないというわけではないけれど、そうあることが一般的だし、多くの場合、読み手はそう捉える。
だけれど今回は、どう考えても99.3%という数字が最も主張したい箇所だとは思えず、それでもやもやしたんだ。

 

 

 

もやもやして、何度も読み返した。
それでようやく気付いたんだけど、このおっさん、強いな。

 

有料記事*1の部分にはなるんだけど、認知症の人と家族の会代表理事の鈴木さんの話が出てくる。曰く、

認知症の人が自由に外出できる社会になりつつあることの裏返しと考えて欲しい」

 

「警察や消防、市民の協力で大半の人が元気な姿で家族の元に戻れている。認知症への理解が進んだことが影響していると思う」

 

認知症の人が街中にいるのが当たり前の時代になった。私たち一人ひとりが一緒に暮らしていくという意識を持てるよう、時間をかけてさらに対応策を講じる必要がある。認知症の人が道に迷っても必ず帰宅できる社会を目指すべきだ」

 

字面だけ追っているとすごく当たり前のことを言っているだけのようでもあるんだけれど、これは強い。

認知症の行方不明者が昨年は延べ16,900人となり、毎年過去最多を更新しているという記事を読むと、そりゃあ大変だ、なんとか減らせないものかと私なんかは思ってしまうんだけれど、彼はそうではない。
認知症の人が自由に出歩けるようになったから行方不明が増えているのだと言い、きっとそれは必ずしも悲観することではないし、むしろ望ましい部分もあるということだろう。
認知症の人が自由に出歩くことで行方不明になってしまったら、迷惑のかかる人もいるだろうし、社会への負担にもなるだろうが、しかし認知症の人をどうこうするのではなく、変わるべきは社会、我々のほうなのだ。

なるほど、言われてみればたしにそれは正論で、認知症の人を拘束すべきでないことくらいは私にもわかるが、だからといってそれで社会が被る負担は並々なものではない。
そうした社会が正しいことは理解できるのだけれど、私はまだ「認知症の人が道に迷っても必ず帰宅できる社会を目指すべきだ」とは言えないでいる。

*1:無料会員でも読める

何食べるか考えるの面倒くさい

無駄なエネルギーを消費しているような気がする。

たしかスティーブ・ジョブズだった思うんだけど、何着るか考えるの無駄だから同じ服めっちゃ買い揃えて毎日同じ服着てるとか言ってた。
私の場合は、服はどうせ持っているものの組み合わせにしかならないし、それも気候に合ったもので、洗濯あがっているものに限られるので、結果として選択肢は少なく、そう思い悩むこともない。

しかし、食事はそうではない。
家に無ければ、買うことができるのだ。
最悪、外で食べるという可能性もあるので、選択肢は無限にあると言っていい。
とはいえ、寿司が食べたいと思っても、久兵衛や次郎に行けるわけではない。
ヤオコーで見切り品のカツオやイワシを買ってくるのがせいぜいだろう。

そのギャップだ。
選択肢は無限に有りながら、その実選べるものは限られる。不可能ではないが、非現実的なのだ。2000万が貯まらないのではなく、給料日まで生活費が残らないのだ。やりがいなんてなくても月給30万が欲しいのである。
つまりだ。食べたいものを考えるとき、様々な可能性が浮かぶものの、その多くは実現困難なために却下される。そのたびに小さな失望に襲われる。少しずつ、フラストレーションが溜まっていくのである。

思えばカレーだけを食べ続けていたときは楽だった。
そこに選択肢はカレーか、それ以外かの二択しかなかった。カレー以外は、ほぼ間違いなくラーメンだ。
しかし今、この時期のカレーは危険だ。
一日放置しようものならあっという間にカビが生える。
我が家に強大な冷凍庫でもあれば話は違ってくるんだろうが、そんな持ち合わせもない。
なので考えなければならない。
選ばなければならない。
悩みながら、苦しみながら、生きていかなければならない。
傷つけながら、傷つきながら、それでも生きていかなければならない。
どうして。

よく知らない魚。気持ち悪い

結論から言うと、醤油が強すぎた。

主だった味付けはめんつゆだけで、まあたしかに味が濃いといえば多少濃くはあったんだけど、味が濃いというよりも、醤油が強いという印象。エノキが吸い過ぎた予感。

 

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すべて具材を入れてから、めんつゆを適当にかけて、フタをして数分煮た。

魚はブツ切りにして、多めの油で両面じっくりと焼いている。塩コショウとニンニク粉をかけていたような気がする。

はじめて扱う魚だったので、どの程度熱を加えるべきかもわからず不安があった。

小骨はどんなかとか、身離れもわからなかったから、とりあえずブツ切りにしてみるかという発想。

とにかく安かったのだ。

 

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