近くにはイオン、まいばすけっとばかりなのに、ウェルシアは隣の駅まで歩かないと無い。それを口実として隣駅まで散歩に行く。
ボディソープが切れそうなのだ。近所のドラッグストアには取り扱いのないボディソープも、ウェルシアまで行けばボトル、詰替用、詰替用大容量の3種が並ぶ。容量単価で見れば当然に大容量が一番安くしかるべきだが、現実には一番高い。哀しくも一番安いのはボトルなのだ。何故。
とか書くとそれは初めて手に取る顧客に向けてのマーケティング施策で云々とか言い出すんだろ。知ってるわボケが。不条理を嘆いているのであって、疑問を投げかけてるんじゃないわ。
会社の人が「運が悪いんです」と言う。イヤホンケースをなくしたり、この前はなんだかを盗まれたりしているそう。
人生の運で決まるウェイトというのはそれなりに大きいと思っている。就職先がどうであるか、交際相手がどんな人かなどは、ある程度は事前に知ることもできるが、できるのはある程度だ。無数の試行を重ねることで結果を収束させるということができるものではない。良くない履歴が次の試行を妨げることすらある。だから運なんて関係ないというつもりはない。
でも、物をなくすのは運じゃないじゃん。運による要素もゼロではないだろうけど、それを減らすことは可能だ。ましてやイヤホンケースだ。イヤホンをしまうか、充電するときにしか使わない。どこかで使ったときに置き忘れてしまったということが本来ならば起こらないはずのものだ。
本来ならば。実際には起こるよ。私もすぐなくしちゃう。物の管理というのが粗雑なんだ。すぐに無意識に、手癖で、いい加減なことをしてしまう。だからどこに置いたのか思い出せない。よくあることだ。でもそれは運ではない。私がどこかに置いてしまったからだ。
そうしたことを恥ずかしげもなく「運が悪いんです」と言う。いくつも物をなくしているなら、共通する原因があると考えそうなものだけども。悪いのは自分の振る舞いではなくて、運なのだと。価値観が合わないっていうのはこういうことなんだなあ。