たとえばさ、買い物のモチベーションが50だとすると、模様替えは30になる。皿洗いや拭き掃除は15で、掃除機がけや掃き掃除だと10くらい。洗濯物を畳むのが5で、片付けとなると2くらいかしら。
つまり、片付けたくないのだ。
片付けたくないから散歩に出る。
市川市民は市川が東京都だと勘違いしているというジョークをたびたび聞く。肯ける部分もある。面白くないのだ。どこにでもある家が並び、どこにでもある店が並ぶ。特徴というものがない。そういう様が東京都下の住宅地らしい。東京というのは、街に出てこそ個性があって面白いのであって、都下に面白味などない。*1*2 もちろん、西武線らしい町並み、あるいは小田急線沿線らしさというのはあるけど、その意味では市川はJRらしくあり、そして実際にJR沿線なのだから何の驚きもない。江戸川と、児童公園にプールがあることを除けば、国立や国分寺の風景と本当によく似ている。
江戸川の存在というのは特徴的だと言ってもいいかもしれない。こんなに大きい川というのはそうそうあるものではない。南関東では利根川、多摩川、荒川に並ぶ大きな川であり、河川敷を歩けるというのも魅力的だった。でも、飽きた。数km程度の歩ける範囲では、景色が変わらなさすぎる。散歩というのは目に映るものが移りかわってこそのものなのだ。それはつまり、市川での散歩というものに、もう飽きつつあったということだ。
それが中山方面に歩いたら、景色が一変して驚く。気付くとあたりにはファミリーマンションしかなかった。
もちろん市川駅・本八幡駅まわりにもファミリーマンションはある。それなりの数があると思う。でも違うんだ。数が違う。中山にはファミリーマンションしかない。"しかない"というのはどう考えても言い過ぎなんだけど、そう言ってもいいんじゃないかと思えるほどにファミリーマンションしかない。なんでこんなに一気に景色が変わるのか。どうやら市が変わって中山は船橋市になるらしい*3けど、そんなことは理由になるまい。まったく理解できないけど、これは久しぶりに面白い発見だった。

下総中山駅前の商業ビルの一角で、古本屋と呼ぶにはいくらかチープな、駅構内や公園でやっている古書フェアのような雰囲気で、でもたぶん常設しているんであろう店があって、どうせ読みもしない本を買ってしまった。1Q84は3巻までであったはずだが、店には2巻までしか置かれておらず、もしかするともとの持ち主も3巻まで読んでいないのかもしれない。会計で手提げ袋を所望すると、モロゾフの紙袋に入れて渡され、ニヤニヤしてしまう。古物商はなんでもありだな。
こういうことをしているからいつまでも部屋が片付かない。