建設的コメントハック

はてなブックマークが人気コメントを調整するようになったのは良い施策だと思っている。

 

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これが特にうまいなと思ったのは、内製せずにYahooのAPIを使用しているところ。このAPIはてな社独自のものであったらユーザーの不満噴出は今の比でなかったことは想像に容易い。きっと悪意はないんだろうが、何故か彼らははてな社や、自民党、日本のものは欠陥であり、他社や、野党、欧米のものであれば優れていると無意識に考えがちなバイアスがある。だからこのシステムが、実際には技術が未熟で外部に頼らざるを得なかっただけだとしても、外部から調達したことは比較的良い結果につながっているんじゃないかと思える。


他方で、やはりはてなブックマークユーザーは愚かだなあとも思うし、はてな社がそうしたユーザー層を誘導しきれていないのもまた残念に思う。
というのも、ブックマークユーザーの間でアルゴリズムハックが目指されていることだ。承認欲求に飢えた彼らが、どうすれば排除されずに「人気コメント」に表示されるようになるのかを渇望するのは当然だ。そうでなくても、自ら利用するサービスの仕組みを理解したいと考えるのは自然なことだろう。本来であれば、それを知りたいと思っても、実際に知るに至るのは困難だ。しかしはてなブックマークは、多数のブックマークコメントを残すことの容易さと、アルゴリズムを知りたいと思い協力することもできるユーザーのコミュニティの存在がそれを可能にしてしまっている。排除の基準が知らしめられれば、そのギリギリが狙われ、制度設計の意図にそぐわない結果が生まれることになる。望ましくない。しかしブックマークの無駄撃ちは容易で、既にコミュニティは作られている。それらを廃することはソーシャルブックマークサービスの根幹を揺るがすことになる。どうしようもないのだ。

とはいえもちろん無いより有ったほういい。完璧ではないけれど、ヤフコメほどの効果は得られないかもしれないけれど、それでも良くなった、良くなっていくんじゃないかと信じたい。

眠るのにも体力がいるとよく言われる。だから歳を取ると長時間眠ることができなくなる、と。

たしかに長時間眠り続けることはできず、概ね6時間前後で目が覚めることになる。しかし、今までになく眠るようになったのもまた事実だ。休みの日には一日中ベッドの上で過ごすことも多くなった。以前はそんなことなかったのに。十分な睡眠時間が取れて満足するということがほとんどない。だいたいいつも眠たい。いったい何なんだ。

もしかするとベッドが良くないのかもしれないなとも思う。春に買ったロフトベッドはよく揺れるし、よくきしむ。これが睡眠の質を低下させているのかもしれない。部屋が広くなってもこれでは元も子もない。

もっと堅いマットレスでも使えばかわってくるのかしら。ちゃんとしたマットレスを買おうとすると、安いベッドと同じくらいの値段になってくる。それが原因かもわからないまま支出できる出費ではない。お金が欲しい。

燃えるゴミ

え、今日ゴミの日じゃん。今朝ゴミ出してなくない? ということを仕事帰り唐突に思い出して、少しブルーになりながら寄った近所のスーパー。

ブルーだろうとピンクだろうとイエローでも関係なく週に3日くらい通っている。今日は水沢うどんと、豚スライス、プリンを買ってレジで会計を済ます。セミルフレジなので、店員が打ったら精算はタッチパネルで行うシステムだ。そこでクレジットカードを差し込むと、「取引終了の合図で出るまでカードを抜かないでください」というメッセージが表示される。数秒の処理の後に「カードを抜き取ってください」という音声案内とともに、画面にも同様のメッセージが出る。なので当たり前にカードを抜いて財布にしまっている最中に初めて気付いた。「取引終了の合図」が出ていないのだ。
誰だよこの糞システム作った奴は。自分で決めたルールを自分で守ってないじゃないか、と脳内で文句を言う。このときにはまだ、ルールを守れていないのは精算機だと思っていた。でも、そうじゃないんじゃないか。つまりは、「取引終了の合図で出るまでカードを抜かないでください」と記されていたにも関わらず、「取引終了の合図」が出る前にカードを抜いたのは私だ。ルールを守れなかったのは私のほうなのだ。けたたましいアナウンス音が流れようと、「取引終了の合図」が出るまできちんと待つべきだったのではないか。ついさっき言われたばかりなのに、カードを抜かずに待つ、ただそれだけのことなのに。それすらできなかった。レジスターの期待を裏切ってしまった。
この代償は大きい。もう気づかれてしまったのだ。こいつは30文字足らずの文すら正しく読み取り、実行することができないぞ、と。それはつまり、3割くらいプラスして請求しても、きっとバレないということじゃないか。もしかすると、そうして馬鹿リストを収集しているのかもしれない。そう考えるとやっぱりまた腹が立ってきた。誰だよこんな糞システム作った奴は。
とそんなことを考えながら家に着く。そして部屋に入って驚いたことには、ちゃんとゴミ捨ててるじゃん。いつの間に。これが阿頼耶識というやつだろうか。

科学的な話

今さらのことでしかないけど、最近またモヤる言説が増えてきたような気がして。

たとえば「五輪開催で感染拡大のリスクが高まる」というのは"科学的"かもしれないけど、「だから五輪は開催すべきでない」というのはちっとも"科学的"じゃない。もちろんここで言う「科学的じゃない」というのは、「科学の知見と合致していない」という意味であって、「科学の知見に反する」ということを意味するのではない。科学とは関係なく、その人の意見に過ぎないよね、ということ。

「専門家」という言葉もすごく雑に使われている印象が強い。数理モデルの専門家がモデルについて、防疫の専門家が防疫について語るのなら、それは紛れもなく専門家の意見なんだけど、彼らが語る政治政策は、それは果たして専門家の意見なんだろうか。彼らの訴えが叶わなかったとき、しばしば「専門家の意見を無視して」などと言ってしまいがちだけれど、閣僚・国会議員・首長こそが政策に関する専門家なのではないかしら。

もちろん医師というだけでCOVID-19に詳しいわけではないように、政治家にもそれぞれ得意とする分野がある。政治家であるというだけで専門家であるとみなすのは無理があるかもしれない。であるならば医療行政に長けた専門家に存分に腕を奮っていただきたいところであるのだけど、そういう人はいったい今どこで何をしているんだろうか。

沼の意味

たまに沼を作っている。沼というのは、池よりも大きく、湖よりも小さい、水の貯まった土地のことで、よくわからなかったら「沼 炊飯器」とかでググってもらえば間違いないはず。要は脂肪分をほとんど含まず、しかも大量の水でかさ増ししているので少ないエネルギー摂取でも満腹感を得やすい食事であり、減量食に最適だとも言われている。

 


だけど私はそんなに意識高い減量には励めないので、つまりは本来であれば鶏胸肉を使うべきところにぼんじりを使うので、そこそこに脂肪分を含むようになる。また米は雑穀ブレンドを使っていて、雑穀も本来は白米1合に対してスプーン数杯でいいところを、私は白米と雑穀を1対1で使うので、金銭的にも割増感が強い。だけどその分、肉のうまみもしっかりと出て、雑穀の歯ごたえも味わえて、十分に美味しいものができている。


だがしかし、だ。十分に美味しい沼ができたとして、だけど沼だけで一食を済ますのしんどくない?という話だ。


ラーメンだけ、パスタだけといった単品であれば、それだけで食事を済ますことには何の問題もないのだけれど、一方で沼だけとなると、それは無理じゃね?となる。必ずしも沼の味が劣るというわけでもないんだけど、どこか抵抗感が出る。

 

chikada.hatenablog.com


幸いにも我が家には冷凍惣菜が常備されているので、どこか物足りない沼+物足りない惣菜=ちょうどいい という式が成立するわけだけれども、果たしてこの食生活に意味があるんだろうか。

うどん日記

最近はうどんばかり食べている。近所のスーパーで水沢うどんの生麺が置かれていて、これが美味しい。どうしてすべてのうどんが水沢うどんでないのか。武蔵野うどんなんて淘汰されるべきだったんだ。

難点はお値段がそこそこにすることと、茹で時間が長いこと。乾麺でもないのに10分以上茹でるとかちょっとどうかしてる。まだ早いかとも思いつつ、試しにちょっと食べてみると、するとどうやらしっかり茹だっていて、これでいいじゃんって思ってしまうけど、十分に冷やして食べようとするとやっぱりまだだいぶかたい。やはり表示時間どおりに茹でるべきなのだ。

 

 

 

はてなブックマークはかつてとは違うかたちに変化し、はてなブログは衰退していっているように見える。所謂はてな村的なものは、もう見る影もない。そこに強い思い入れ持っていた人にとってはきっと淋しいものだろう。それはわからなくもない。

だけれども、だからこそブログを書きやすくなった感覚がある。治安の悪かった村は沈み、はてブからの虫害もほとんどない。安心してのんびりと耕すことができる。

あの頃よく読んでいたブログが更新されなくなった哀しさはあるけれども、とはいえ更新され続けたところで全部読むような時間も気力ももうないのだ。

椎茸

干し椎茸ってもっと旨さ爆発みたいな印象だったけど、業務スーパーで買ってきた干し椎茸がぜんぜんうまくなくて笑う。出汁も薄いし、戻しても硬いし、干し椎茸がうまくない可能性があるだなんて考えてもなかった。たしかに価格の差があれだけあるんだから、当然に美味しさにも差が出てくるはずではあるんだけれども。高い干し椎茸は馬鹿みたいに高い。数食で使い切りそうな量が800円とか900円とかで売られている。近所のスーパーではそんなものだけど、高級食材を扱う店に行けばきっともっと高いんだろう。

自転車圏に生活クラブデポーがある。実家では生活クラブのものを使っていたので、それが十分に美味しいことは知っている。決して安くはないけれど、同等品を他で買おうをするよりかはだいぶ割安ではある。しかし月会費がかかる。額自体は大したものではないし、その大半は積立金であって退会時には返金されるものであるのだけれど、それでも毎月の出費というのは、ううむ。それに何より、遠いよね。仕事帰りに寄れるような場所ではないし、そんな時間には開いてもいない。休日にわざわざ行くしかない。わざわざ行っても、どうせ乾物と牛乳、豚肉くらいしか買わないだろう。有機野菜に興味はないし、スーパーで売っているものに満足できるならスーパーで買ったほうが安いのだ。逆に言えば、乾物と牛乳、豚肉は本当に美味しい。高い金を出す価値がある。どうしてあんなに美味しい豚肉から、しかし作られたソーセージはうまくないのか。きっと無駄な添加物やら香辛料やらを抜いて作ろうとすると、まともな値段じゃソーセージなんて作れないってことなんだろう。いや、それももう20年も前の話なので、今はもう変わっているのかもしれない。デポーが最寄り駅くらいの場所にあればいいのに。