ロースだったか肩ロースだったか忘れた

どうしても肉が食べたいときが誰にでもあるだろう。昨日の夜がそれだった。強い肉欲に襲われ、スーパーマーケットに駆け込んだ。閉店間際のスーパーでは、オーストラリア産ステーキ用に50%引きのシールが貼られていた。180gで500円が半額で250円(税別)。悪くなかった。

フライパンに油を敷き、火にかける。温まるまでのあいだに肉に塩コショウを振る。筋を切ったり肉を叩いたりしなくちゃいけないみたいな話を聞いたこともあるが、筋らしい筋も見えないし、「ステーキ用」を謳って売っているくらいだからそれくらいの処理は既にしてくれているんだろうと信じることにした。信じる。責任を転嫁しているだけのことがとても美しい響きに聞こえる。熱したフライパンに牛肉を入れる。ジューと美味しそうな音を立てる。ジュー。先ほど振っていなかった面にも塩コショウを振りかける。鍋は美味しそうな音を立て続ける。ジュー。ジュー。1分ほどその音を聞いて、肉を裏返す。こんな肉塊を焼いたことがないので、今ひとつタイミングがわからないが、どうやら悪くはなかったようだ。これは料理ブログではないので画像など無い。裏返した肉の上に、刻みネギを乗せる。長ネギを刻んで油に漬け込んだものだ。ネギを刻んだときに家にあった油がたまたまグレープシードオイルだったのでそれに漬け込んだが、グレープシードオイルは意外と匂いが強く、ネギ油も使いどころがかなり限られてくる。これは誤算だった。しかし今回は絶好の機会。チューブのおろしニンニクを出し、肉の上でネギ油と混ぜ合わせ、薄く伸ばしていく。肉を裏返したときに火を小さくしていたのだが、いつの間にかジューの音が聞こえなくなっている。どうやら火を弱めすぎたことに気づき、もう少しだけ大きくする。美味しそうなジュー音を確認して、フライパンにフタをする。たぶん3〜4分ほど放置した。
肉はほどよく色付いているが、表面には赤い肉汁が湧き出ており、中まで火が通りきってはいないことを示す。初めてにしては良い塩梅ではないか。しかし油がすごい。はじめに多めに敷いた油と、牛肉から溢れ出てきた脂が加わり、半ば揚げているのに近い状態だ。キッチンペーパーで油を拭き取る。拭けども拭けども新しく出てくるので、適当なところで諦めて、鍋肌に少しめんつゆをこぼして火を止める。
さて、この肉はどうやって食べるんだろう。調理ハサミがあれば良かったんだろうが、そんな気の利いたものは持ち合わせていない。もちろんテーブルナイフなんてある訳もない。齧り付くという選択肢が一瞬浮かぶも必死で振り払う。肉を包丁で切っておく必要があるだろう。思い出すのはほっかほっか亭でのアルバイト。忌まわしきダブルステーキ弁当。ベタベタのまな板。自宅に一枚しかないまな板が、ああなるのは嫌だ。まな板にラップを巻き、キッチンペーパーを敷き、その上にステーキ肉を置いた。焼かれた肉を箸で押さえ、肉に包丁を入れる。ほっかほっか亭での様子を思い出しながらの刃を落とすが、右手に伝わる感触はダブルステーキのそれとは大きく違った。ステーキ肉を切るには勢いよく包丁を押し当てないといけなかったはずが、意外なことに簡単に包丁が通る。柔らかい。肉が柔らかい。期待が一気に高まる。
口に入れてもやはり肉は柔らかかった。そこそこに厚みのある、見た目にはなかなか凶暴そうな牛肉が、意外にも柔らかい。不思議な感覚であったが、決して悪くない。美味しい。これは美味しいと言っていい出来だろう。だけどもう少しだけ歯ごたえがあってもよかった。もっと猛々しい味わいがあってもよかった。肉々しい臭みがあってもよかった。少しだけ物足りなさがあった。270円と考えると素晴らしい出来だったけれど、540円だと思うと少し残念に思える。540円といえば並盛り生野菜セットと同額だ。それなら並盛り生野菜セットを食べるだろう。美味しさはプレミアム牛めし380円と同程度だった。