詩羽先輩はそんなこと言わない

めでたく冴えカノ既刊9巻と本編から外れてナンバリングされてないやつ2冊を読み終えた。何もめでたくはない。読めばほぼ毎回何らかの不満が出てきて、ただそれだけ私が物語に引きこまれているということでもあるんだろうきっと。それで今回は何が不満なのかと言えば、詩羽先輩のアドバイスが詩羽先輩らしくないことだ。

冴えカノがどういう話なのかは適当にニコニコ大百科でも読んでもらうとして、9巻では、引き抜かれてしまったイラストレーターである金髪ツインテール幼馴染属性のツンデレヒロイン英梨々が、その親友でありサークル副代表であり黒幕であるメインヒロイン加藤さんと仲違いしたまま復縁できないことに心悩ませる回となっている。そこでポンコツ主人公安芸倫也が東奔西走するのだが、そこに現れたのが人気ラノベ作家であり元シナリオ担当で逆セクハラ担当の黒髪ロング巨乳ヒロイン詩羽先輩である。先輩は口を開けば下ネタか嫌味しか言わないとても残念なキャラクターではあるが、それは人付き合いが苦手なことに起因するものであり、巻が進むに連れて「あれ?実はこの人わりとまともな人間なんじゃね?」という描写が増えてくる。というか登場人物が屑ばっかなんだよこの作品はほんと。

そんな先輩が倫也のピンチにかけつけて、なんかそれっぽいこと言っちゃうわけだ。

「あなたはシナリオを書きなさい」

「澤村さんがどんな人間なのか、仲直りしてもいい人間なのか、仲直りしなくちゃならない人間なのか、そして、あなたが澤村さんをどう思っているのか……それを、物語にして加藤さんに届けなさい」

いや、言わないでしょ、先輩はそんなこと。そんな謎かけみたいなことを先輩は言わない。先輩が謎かけするのは、そこに正解があるときだ。倫也が振り切ることをわかっているから誘惑するし、英梨々が朱音に付いていくことを知っているから倫也には含みをもたせた言い方をする。伊織のように他人を試すための謎かけなんてしない。特に倫也に対してはそんなことするはずがない。詩羽先輩が自分で書くというのならわかる。でもそうではない。先輩が書くのではなく、倫也に書けと言っている。何を書くことでどう作用することを狙うのか、そんな助言さえないままに書けという。書いたところで加藤さんの心が動く保証はない。倫也が持てるすべての力を注いだシナリオを書いたとしても、だ。

先輩自身のことだったらどうするか。シナリオを書く。英梨々を描いたシナリオを作ることで相手の心を動かす。先輩がそうするというのなら、それは十分に理解できることだ。あるいは、先輩と同等かそれ以上の実力のあると認める作家になら言うかもしれない。でも、倫也はそうではないだろ。彼はただの消費豚であり、自分の作品と呼べるようなものを作ったのは、昨年出した同人ゲーム1本だけ。そこでの彼の役割はプロデューサー兼ディレクターであり、シナリオはごく一部を担当したに過ぎない。そんな彼に対して詩羽先輩は、シナリオを書くことで、そのことで問題を解決できると確信を持って言えるのだろうか。

これ書きながらその可能性に気付いたけど、言えるのかもしれないな。もしかすると詩羽先輩は本当に解決できると確信を持って言ったのかもしれない。つまり、倫也にはそれだけの実力があると信じている。普通に考えてありえないけど、詩羽先輩は信じている。一緒に徹夜でシナリオを仕上げたからわかる。自分の処女作が彼のブログで取り上げられることによって売れるようになったから。彼はそれだけ人を動かす文章を書ける。先輩にはその確信があったのかもしれない。そう考えると私の中の詩羽先輩がキャラ崩壊しないで済む。でもこの信頼は重いな。