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ゲーム楽しいの話

ソシャゲーってはっきり言って糞みたいなゲームばかりじゃないですか。というほど多くのゲームをやったわけでもないし、何をもって「ソーシャルゲーム」なのかもよくわからないのだけれど、少なくともあまり良い印象はなかった。パズドラが出た時に、あれはソーシャルでも何でもなくね?って声が随所で聞かれたけれど、いつの間にかパズドラ的なものがソーシャルゲームであるか否かの問いを聞くこともなくなり、ソーシャルゲームとはパズドラ的なものであることがもはや自明になりつつあるように思える。随所を変換するときに漢字よりも先に片仮名の変換候補が出てきたの納得いかない。パズドラ以前と以後のソーシャルゲームの違いもよくわかっていないし、その程度の認識の人間が書いている文章であるということを念頭に読んでいただけると幸いである。あるいはそれが叶わないのなら画面右上にある☓ボタンを押すなりなんなりしてください。Windows以外のOSを使っている人はどうやってブラウザを落とすかくらい自分で考えてください。考えた結果わざわざブラウザ落とさなくても別のページに跳べばいいだけじゃね?って気付いたならそれが正解である可能性は極めて高い。そんな貴方の為にYahoo!japanのリンクを貼っておくので良かったらぜひ使ってみてください。


www.yahoo.co.jp


さて、ここまで書けばただでさえ少ない読者の内の大部分の人が本題に入る前に脱落してくれたことだろうと思う。たぶんこの先を読む人なんて多く見積もって2~3人くらいだろうからはっきり言ってしまうが、まあ何ていうか、つまらないゲームが多かったわけですよ。今さらパズドラを始める気にもなれなかったので、面白くないゲームばかりに手を出しているという可能性もないわけではないけど、だとしても打率はなかなかあれなんじゃないのかという次元。
というのも、私がそうしたゲームに手を出すようになったのが去年の末ごろなわけで、それはいくつかの面白いゲーム論を書いたブログを読んで、悪の代表例とされがちな所謂ソーシャルゲームを私は未だプレイしていないことに気付き、これは是非とも体験せねばなるまいと思った次第。それからははてなハイクに何度か感想を書いていて、詳しく読みたい奇特な人がいるなら私のハイクを逆上って読んでもらえればいいんだけど、まあ間違いなくそんな人はいないだろうからさわりだけ書いていくと、ソシャゲーが難しいという意見は理解できた。ゲームが難しいというよりかは、ルールが煩雑過ぎる。たとえば通貨的なものの種類が多い。まずひとつは、どのゲームでもだいたいある普通のゲーム内通貨で、アイテムを合成したり購入するときなどに使われる。そして無料ガチャを回すためのポイントは事実上の通貨としてまた別に用意されている。さらにリアルマネーと直結した通貨単位が存在し、それによって所謂課金が為される。その他にも何の意味があるのかわかりにくいいろんな数値が出てきて、理解するのがなかなか難しい設定になっているんだけど、それでも多くの人が不便に思わずにゲームを楽しめているのは何故なのかと言えば、こうした煩雑な設定が多くのゲーム間で共有されていて、一度理解できてしまえば次のゲームでもほとんど同じことなので簡単に理解することができるようになることに因る。おそらくそれはゲームの楽しさを求めてというよりも、ガチャ課金という収益モデルのために導入されているんだろうことが容易に想像できてしまし、そのことが残念でならない。
 
ここまで長々と書いておきながら、今日私が書きたかったことはソシャゲーがつまらないという話ではなくて、ようやく面白いゲームがあったので、そのことについて書いていきたい。


weekly.ascii.jp


すべての始まりは、ハッカドールで見かけたこの記事である。特別に興味深い記事だったというわけでもないのだが、記事執筆者と同様に私もシューティングゲームなんて滅多にやらないし、iPhoneにもひとつも落としていなかったので、それならばとダウンロードしてみたというだけの話だ。
落として実際にプレイしてみると、たしかに書いてあるとおり操作がすごく簡単でわかりやすい。簡単なんだけど、しっかりシューティングしている。ゲームとして楽しめる。はじめはeasyでやるのですごく簡単にステージクリアできる。サクサク次の面に進む。だけども一度足止めを食う。この先に進むにはレベルいくつだかが必要だと言われる。レベルを上げるには前のステージに戻る必要がある。そこでまたeasyでやってもいいんだけど、normalやhardでやるとよりレベルが上がりやすくなる。だから同じ面を今度はnormalで挑戦する。敵の攻撃が桁違いに増えてくる。勝てない。死ぬ。そこで魔法石的なものを使ってコンティニューしたり、手に入れたキャラで合成したり、あるいはゲーム中でのアイテムの使い方を覚えたり、またゲームにも慣れてだんだん腕も上がってくる。そうした過程がゲームとして楽しめる。パズルという名の運ゲーでもなく、RPGと呼ばれる作業でもない。そこにはゲームがある。
所謂ソシャゲー的な煩わしいゲームシステムは踏襲していて、おいこのゲーム本当に5属性とか合成とかガチャとか必要なのかと思わないでもないんだけど、そうした作業とそれに伴う過剰なまでの成長があるからプレイヤー自身の腕前を問わず多くの人が自分の実力に合ったゲームを楽しめる。つまり初心者はeasyで始めて、少しずつキャラのレベルを上げていけばいいし、上級者はhardから始めて、それでも高スコアを出せば次の面に進むこもができるし、さらにdeathをプレイすることもできる。同じステージを敵味方のレベルを変えて何度でも楽しませるというのは、本来ゲームのあるべきかたちだとすら思える。これはすごいゲームだ。最近は時間があれば魔法乙女ばかりをやっているし、もっと具体的に言えば、1年半ぶりに携帯電話の通信量上限に達した。前回の上限到達は引越後に自宅の回線を引く前の時であり、その前は自宅のPCが死んでいた時なので、自宅での通信に問題が無いにもかかわらず上限に達したのは今回が俺史上初めての出来事である。