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ジェンダー問題に対称性は無い

このCM映像自体をブログ記事で初めて見た。

 


なるほど、これは確かに男性蔑視とも言えるし、気に入らないのは私も気に入らない。だから抗議したい人はした方がいいとは思うけど、ただいくつかのブコメに見られたようなポリティカルコレクトネスとして不適切なのかというと、それは微妙なところじゃないかとは思う。
先の仏新聞社テロ事件の風刺画でも似たような論点があった。あれは風刺なのか、ヘイトなのかという問題。曰く、風刺画は政府などの強者を風刺するものだから許容されるのであって、弱者たるムスリムに対して行われたらヘイトスピーチと同じではないか、と。アファーマティブアクションじゃないけど、マジョリティに対してとマイノリティに対してでは許容される扱い方が違って、ちょっと酷い言い方をしても強者である政府に対してならセーフだけど、弱者たるムスリムにはアウトとなりがちだ。同じように、女性に対してはNGの発言でも、男性に対しては問題無いという考えは十分に有り得る。マイノリティ問題においては大方のものが両者の入れ替え可能ではないんだ。
強者と弱者で負うべきものが違うという考えこそが絶対正義なのかといえば必ずしもそうとは言い切れない。モヒカン的な、あるいは乙武的なフェアネスのあり方だって間違ってはいない。そもそも公正や公平なんて自然の摂理ではなく人間が勝手に作り出した観念に過ぎないので絶対なんてことはあり得なくて、それでも今はそうした正義論がかなり広まっていることもひとつの事実である。
 
それよりも私が気になったのは、これすげーダサピンク案件じゃないかってこと。パパいらないって言わせとけばどうせママにはウケるんだろうって打算が見えるすごく雑なジョーク。もしかすると一定の人たちには実際にウケているのかもしれないので私にダサピンク認定はできないけれども。だとしても、だ。何のフリもなく突然に現れては何もしないままにパパを返品扱いし、それで笑いが取れると思っているなら、笑いを舐めすぎだ。それ以前の9秒間にもっと種を蒔いておくことができたはず。それもせずに、パパは返品と子供に言わせればそれだけでウケるだろうというのは、顧客を馬鹿にしているとしか思えない。
これはもっと面白くさえ作れていればアリな範囲内のネタだったと私は思う。もちろん不快に思う人も少なくないだろうが、何をしたって不快に思う人はどうしても出てくる。それをいちいち全部取り除いていては何もできない。ただ如何せん面白くない。面白く作ろうという気概さえ見えない。そういうところが酷い。