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雇用特区が機能しない理由

政府の検討する「国家戦略特区」が話題沸騰している、かと思っていたけどそうでもなかった。

 

 

 

朝日新聞デジタル:「解雇しやすい特区」検討 秋の臨時国会に法案提出へ - 政治

Joe's Labo : 雇用特区でブラック企業が生きていけないわけ

池田信夫 blog : 「解雇できない特区」をつくってみた

解雇特区?政府が検討をすすめる「雇用の流動化を促す特区」とは【争点:アベノミクス】

 
 
 
個人的には前々から現行の労基法をスタートアップに適応するのは無理だろうとは思っていた。なので部分的には歓迎したいところもある。けれども全体的に、市場原理を導入さえすればなんでも上手くいくと思っている感があまりに強過ぎて反吐が出る。市場原理で上手くいかなかったから労働法が作られているというのに馬鹿じゃないかと。
 
たしかに労働市場が流動化すれば、有能な人材は彼を必要とする有意義なポストに就きやすくなる。そのことによる経済へのプラス効果は大きいだろう。
でもその一方で、法に守られていた弱者はより過酷な環境で働かなければならなくなる。おそらく彼らの置かれる環境は、健康で文化的な最低限度の生活からは程遠く、工場法制定前の19世紀イギリスの労働者のそれと等しくなる。
これはいわゆる格差問題ではない。人権問題だ。だから有能なビジネスマンの生み出すプラスと、弱者のマイナスとを天秤にかけることには意味がない。
 
 
 
どうしてそれほどまで企業側が強いのか。それは需給関係が対等じゃないからだ。
もちろん不況だからというのも需給の非対称の一因だ。だけど労働市場というものはどうしても非対称になってしまう構造になっている。だって労働者はどうしても最低限の生活費を稼がないと継続して働くことができないし、所得がそれを下回ったとしても労働市場を撤退することができないんだから。
 
商品市場では需要と供給によって商品の価格が決まる。それは労働市場でもかわらない。労働力を欲しい企業側からの需要と、労働力を提供することで給与を得る労働者による供給との綱引きで労働力の価格である賃金が決まる。
商品に優劣があるのと同じ様に労働力にも優劣がある。優れた商品に高い値段がつくように、優れた労働力には高い賃金が支払われる。当然劣った労働力もあり、そこには安い賃金しか支払われない。
しかし、労働者は安すぎる賃金では生活ができない。他人の半分以下の仕事しかできないからといって、月給が10万円では自立して暮らしていくことができない。暮らせなくても労働市場から撤退することもできない。理論上できないことはないが、経営者になる、主婦になる、ニートになる、どれもあまり現実的な選択肢ではない。じゃあどうするか、人の半分しか仕事ができないなら人の2倍働くしかない。他の人が8時間働いているなら16時間働かなくてはならない。そうして仕事のできない人間は過酷な労働を強いられることになる。そんな働き方はあんまりだということで、最低賃金と時間外労働での割増賃金が法制化されている。だからたとえ人の半分しか仕事ができなくても最低限度の賃金はもらえるし、人より長く働けばさらに賃金は増える、ので企業は長時間労働を避けさせるようになる。
 
労基法の制定によって、労働力に劣る人間でも人並みの給料をもらうことができるようになった。しかし、企業は劣った労働力に支払う対価をどこから得ているんだろう。もちろん優れた労働力から得た利益を、劣った労働力に対して支払っている。これでは優れた労働力を提供する労働者はたまったものではない。こうして人材の海外流出、あるいは外資系企業への転職が目立つようになった。
今度は企業側が困る。優れた労働力が出て行き、劣った労働力ばかりが残っては競争なんてできない。
そこで企業はコスト要因である劣った労働力への対処を考えざるを得ない。そのひとつは、劣った労働力を同一賃金のまま長時間労働に晒すこと。もうひとつは劣った労働力を切り捨てることだ。しかしそれらはどちらも労基法で禁止されている。だから政府に働きかけ特区制度が検討されるようになる。
 
 
 
解雇を容易にすることで企業の採用リスクが減り、雇用が増えるはずだと政府は説明する。労働市場が流動化することでブラック企業は淘汰され、優良企業だけが残っていくとコンサルタントは語る。
でもそれは完全競争市場が前提での話だ。労働者の持つ労働力は均質ではないし、労働市場を撤退することもできない。劣った労働力しか持たない労働者は、明日の暮らしのためにどんな過酷な環境でも働かざるをえないのが現実だ。法で禁止されている現在でもサービス残業が蔓延っている。そうした現場ほど人材の入れ替わりは激しい。流動化によりブラック企業が淘汰されやしない何よりの証拠だ。
解雇特区の実現によってどれだけの経済促進になるのかはわからない。けれどどれだけの効果があるにせよ、現状の法制度のまま適用したのでは弱者の生存権をおびやかすことになるのは明白だ。
 
仮に労働規制の撤廃を実施するのなら、労働者が低賃金でも働ける、もしくは働かないという選択肢が取れる制度が必要になる。ベーシックインカムや負の所得税だ。
あるいは英米のようにホワイトカラーとブルーカラーの間に圧倒的な身分差を持ち出して、ホワイトカラーにのみ適用させるか。今回の特区構想の報道でそうした記述は見られないが、前回のホワイトカラーエグゼンプションの例を見るに、政府はこちら側に舵を切りたいのかもしれない。そのためには「働き手が希望した場合に限るとの条件」なんかではダメだ。弱者はいつも不自由な選択を強いられる。彼らに選択肢なんて有って無いようなものだ。例えば年間所得が1000万円以上などの厳しい条件が必要だ。「名ばかり管理職」のようなものが成り立たない明確な基準が必要になる。スーツを着ただけの兵卒に下手な夢を見させないのなら十分あり得る仕組みだと思う。
でもそれだと結局、運転資金の乏しいスタートアップでは適用できそうにない。それに「世界で最も成功した共産国」である日本でそんな制度が成り立つようにも思えない。