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成長とは風船を膨らませること

なぜデキる人は、誰でも頑張れば同じようにデキるんだと信じて疑わないのか。

結果が出ていないのは努力が足りないからだと決めつけ、本気を出せと叫び続ける。
厄介なことに、「本気」とか「頑張る」というものは必然的に主観であって、どうしても定義しにくい。そんなのは本気じゃない、もっと頑張れるはずだという主張を反証することは不可能に近い。もしできるとすれば、それは限界を越えて頑張り、そして壊れることくらいだ。

人のポテンシャルとは、ゴム風船のようなものだと思う。
これは大きそうだと見当をつけることはできても、膨らませてみるまでは実際の容量はわからない。
いや、膨らませてみたって本当の限界がどこなのかはわからない。膨らませている本人には、限界の少し手前で違和感もあるだろうが、それでも正確な限界値は誰にもわからない。恐る恐る手探りで膨らましている風船でも、そんな様子も周りからは、上手くいってるとか良い調子だとか見られているかもしれない。そうして本人ももう少しだけ、と思っているうちにうっかり破裂してしまったりする。

人間が風船と違うところは、破裂するときに大きく音を立てることが少ないことだ。
限界を迎えると小さな穴があき、するとどんなに息を吹き込んでも、風船は縮む一方だ。
だから気づかれない。意識の高い風船は彼に穴が空いただなんてことは思いもせず、萎んでいくのを見てあいつは諦めた逃げ出した根性がないんだと決めつける。反例は彼らの目に入らない。やらずにドロップアウトした大多数と、最後までやりきったごく少数だけが映る。だから、やればデキる論はいつまでも補強され続ける。