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馬鹿が大多数を占める社会で民主主義が機能しうるかという話

市民の大半が馬鹿である、という論には共感できる。

パレートの法則に近いものがあると考えるのは自然なことだ。

 

だが、馬鹿が選んだ馬鹿な政治なのに、馬鹿が不満を抱いているという点が納得いかない。

 

大衆が本当に馬鹿なら、もっと馬鹿らしく騙され続けているはずだ。

パチンコやソーシャルゲームに湯水のように金をつぎ込み続ける馬鹿のように、今だに民主党を友愛し続けているはずじゃないか。

でも、彼らはそうじゃない。

大衆は筋の通らない政治行動を取っているようではあるけれど、いわゆる馬鹿とは違うように見える。

 

たしかに馬鹿もいる。

でもきっと、大半の市民はフツーだ。

ただ俺とは、そしてきっとあなたとも、考え方が違うからその行動が馬鹿に見える。

同じように彼らから見れば、俺も馬鹿に見えていることだろう。

 

大衆は馬鹿じゃない。

馬鹿に見えるのは自分の視野が狭いからに過ぎない。たぶん。