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子供にハーネスをつけることに対する個人的結論

合理性と人間性


商品検査は全品検査することもあるが、ロット毎にサンプルを抜き取り、その適・不適でロット全体の適・不適を判定する方法がある。
全品検査に比べて、不適合品を見落とすリスクもあるが、大幅にコストを削減することができるので、単価の安い大量生産品で多く採用される合理的な方法だ。

同様の方法を人間にも適用してみる。
たとえば米社会で黒人は、白人と比べて犯罪率が高い。平均所得は低く、教育水準も低い。
だから黒人の入居はお断り。入学させない。入社は認めない。
そんな差別は絶対に許されない。

たとえばアニメを見て強姦を思い立った犯罪者がいる。また別の痴漢犯もエロ漫画の収集癖があったとする。
それを理由に漫画表現を規制するべきだろうか。

人間は物ではない。
人間には尊厳がある。
だから人間への対応は必ずしも合理的であることが最適解ではない。

子供にハーネスを繋ぐことは、たとえそれがどんなに合理的であっても、認めてはいけない尊厳の蹂躙だと私には思える。



侮蔑の意識性


中指を立てるジェスチャーがある。Fuck youを意味する侮蔑表現だ。
日本や欧米でこの表現を行えば、それは明らかな侮辱だろう。
では、それを知らなかったらどうだろう。

親指を立てるサインがある。
これは日本で中指を立てるのと同じ意味合いを中東では持つ。
それを知らずに、good jobのつもりでジェスチャーを示す。
それでも受け取る側がこれは侮辱だと感じれば、それはやはり侮辱表現として扱われるべきだろう。
また状況が逆の場合、示す側は侮辱的に、受け取る側は無自覚だった場合は、これも侮辱と言って間違いない。
侮辱的な要素がないのは、示す側と受け取る側の両者ともに無自覚であるときだけだ。

では、親指を立てるジェスチャーがfuck youを示すことがあるのを知っている、でもgood jobを意図して親指を立てた場合はどうだろう。それを知らない相手に、侮辱を与えたことになるだろうか。
これは侮辱にはならない、と思う。
知識の有無があるだけで、両者ともに無自覚の場合と変わることがないからだ。どちらのケースでも、悪意もなければ、被害もない。誰の権利も尊厳も、傷付けられることはない。
そうでないともう私は親指を立てることができなくなってしまう。




総括


悪意なく示され、受け取る側にもその意識がないなら、現された記号は罪を負わない。ある人にはそれが屈辱的なものであろうと、そのことを表現者が知っていようと。

人にハーネスを繋ぐこと。
私にとって、それは明らかに侮辱であり、人権侵害である。
しかし、そう受け取らない人もいる。
ハーネスを繋ぐことに象徴的意味を感じることができない人が、それゆえに責められる必要はない。
文化の事なる彼らに罪はない。
親指を立てる事で私たちが非難されないのと同じように。



ただ、一つだけ。
得られるメリットと両天秤にかけ、子供の尊厳を売った人間を私は認めない。
それは記号性に無自覚な者とは似て非なる者。全く違う。けれど第三者から判別できるものではない。
しかし、だからと言って決して許されるものでもない。